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名古屋地方裁判所 昭和30年(行)10号 判決 1962年12月08日

原告 中日本産業株式会社

被告 豊橋税務署長

主文

被告が原告に対し昭和二九年五月三一日附でなした原告の昭和二七年六月一日より昭和二八年五月三一日に至る事業年度の法人税過少申告加算税賦課処分のうち、過少申告加算税につき五、七〇〇円を超える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二九年五月三一日附でなした原告の昭和二七年六月一日より昭和二八年五月三一日に至る事業年度の法人税額を五三一、八八〇円とする旨の更正処分のうち二二二、三九〇円を超える部分、及び過少申告加算税二一、一五〇円を賦課する旨の処分のうち五、七〇〇円を超える部分を各取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告訴訟代理人はその請求の原因及びその主張として次のとおり述べた。

一  原告はいわゆる株主相互金融の方式により貸金業を営む会社であるが、被告は昭和二九年五月三一日附で原告(当時の商号中日本勧業株式会社)の昭和二七年六月一日から昭和二八年五月三一日に至る事業年度の法人税につき原告の確定申告に対し法人税額を五三一、八八〇円とする旨の更正処分及び右についての過少申告加算税二一、一五〇円の賦課処分をなした。しかし、右の各処分は、原告が右年度内に株主優待金として支出し損金に計上した七三六、九〇四円を損金と認むべきであるのに拘らずこれを否認し結局所得金額に算入したことにより、各正当な税額を法人税においては三〇九、四九〇円、過少申告加算税においては一五、四五〇円超過してその税額を認定した違法がある。従つて右違法部分の取消を求める。

二  原告の支出した株主優待金は次の理由により損金に計上すべきものである。

(一)  原告の業務運営方法は概要次の如きものである。原告は株式代金その他の自己資本をもつて、株主のみを対象として融資をなすのであるが、まず、その役員の引受により増資新株を発行し、株式譲受希望者に対して右株式の売買譲渡の斡旋を行なう。その代金は譲受人中受融資希望者は一時払い、利殖希望者は日賦で支払うものとするが、後者による場合は譲渡人に対しては原告が立替えて一時に支払い、譲受人は原告に対して右立替金を日賦で支払うものである。右代金完済後には原告は譲受人に対して株券を交付し、譲受人は原告から所有株式の額面総額の三倍程度の融資を受けることができ、融資を受けない者は株主優待金名義で金銭の支払を受ける。このようにして融資を受ける株主とこれを受けない株主との間を調整する。

(二)  本件株主優待金は受融資権不行使の代償、或は預り金に対する支払利息類似の性質を有するものであつて、貸金業を営む原告にとつてその貸付資金確保のための必要経費である。原告はその株式譲受希望者に対する株式譲渡の斡旋の際に、すべての株式譲受人に対して金融相互約款に基いて資金借入希望の場合にはその所有株式額面総額三倍程度の金額の融資を行う旨の消費貸借の予約をなすものである。しかし希望者に対する融資資金確保のためには、右予約に基く融資権を行使しない株主に対してその代償として所定の優待金を支払うことを特約してその不行使を奨励する必要があるのである。もつとも原告は融資希望者に信用を害する事由が存するときは融資をしないことがあるが、それは貸金業として当然であつて、予め約款をもつて株主に知らしめていることであり、各株主の有する受融資権はかかる条件附の権利である。この権利を株主自ら放棄し、或は会社が放棄せしめた代償として支払うのが本件株主優待金である。また他面原告のとる株主相互金融の方式は、貸金業等の取締に関する法律に抵触することなく、実質上多数の者から融資資金を吸収して貸金業を営むために案出されたものであつて、この組織における株主は実質的には預金者であり、優待金は預り金に対する支払利息類似の性質をも併有するものである。以上の如く本件株主優待金は単に株主に対しその資格に基いて支払うものではなく、また一部株主が融資を受ける権利を行使しないことによつて原告は、その貸付資金を確保し営業を継続し得るものであるから、それらの株主は他の株主に比較し原告会社に対して特殊な利益をもたらしているものであり、本件株主優待金はその対価として支払われるものである。結局本件株主優待金は株主相互金融独特の経費といわなければならず、法人所得計算上、損金に計上すべき性格のものである。株主相互金融はその発生と動機が特殊であり、その株主優待金を損金と認めても、一般的な不都合は生じない。

(三)  前述の如く本件株主優待金は出資に対する利益金として支払うものでなく損失的支出であるから、利益の有無、決算期如何とは無関係に約定に従つて支払わねばならず、また株主権とは別個の関係のものであつて、配当又は看做配当の如く全株主に対し平等に支払われるものではなく、株主総会の決議に基くものでもなく、到底利益配当とは解し得ない性質のものである。被告は税法独自の利益配当の概念として、資本の払戻の手続によらずに会社の純資産を減少する方法でその出資者を利する場合はすべて利益配当に該ると主張するが、税法においてもその一般法たる商法の配当の概念から離れた独自の配当の概念の定立を許されないものと解すべきであり、しからざれば租税法律主義の原則は画餠に帰すこととなる。仮に税法独立の見解に従つても利益配当なる用語は商法と同一概念の下に規定されていることは所得税法第九条と商法第二九〇条との解釈上明らかである。しかして、本件優待金は商法上とうてい利益配当と解し得ないこと明らかであるから、税法上も利益配当と解すべきではない。

(四)  従来より本件優待金の如きいわゆる株主相互金融における優待金は課税対象とせられていなかつた。しかるに昭和二八年三月三日附の国税庁長官の通達により突如課税されることになつたもので、右通達はいわゆる優待金を配当と看做し、実質上新税を創設したのと同様である。かかる措置は立法手続によつてなすべきもので、右の如き通達は憲法第八四条に違反し無効である。実質的にも、所得税法第五条が配当と看做すのは、商法上も会計学上も論拠を首肯し得る別途積立金的性質をもつものを株主に分配した基本的事実を配当とみなしているのであつて、これ等と全く性質の異なる優待金を一片の通達をもつて配当と規定したのは不当である。また仮に右通達が有効であるとしても、その効力はそれが発せられた昭和二八年三月三日に生じたものであつて、本件優待金はその対象とならないものである。万一その効力が遡及するとしても、原告は勿論、税務当局も本件決算年度の法人税額申告の際には優待金を損金に計上するものと解していたのであるから原告が右優待金を損金として計上し申告したことについては正当の事由があるものというべく、従つてこれに過少申告加算税を課することは不当である。

第三、被告訴訟代理人は答弁ならびに主張として次のとおり述べた。

一  原告主張の一及び二(一)の事実は、株主優待金が損金であるとの点を否認し、その余の事実を認める。本件株主優待金は損金として計上さるべきものではなく、その他、被告のなした更正処分には何らの違法もない。

二  本件株主優待金を損金に非ずと解すべき理由は次のとおりである。

(一)  本件株主優待金は原告の営業の必要経費ではない。必要経費であるとの原告の主張は、課税を免れるために作為された理論にすぎない。貸金業者にとつて借入希望者の信用を調査し信用ある者にのみ融資をなすべきことは守るべき鉄則であり、現に原告もその融資申込者につき厳重な資格審査をなし、信用ある者にのみ融資することとして受融資者を詮衡する権利を留保しているのであつて、各株主は単に融資申込の資格を与えられたにすぎず、放棄せしめるのに代償を必要とするが如き受融資権なる財産権を与えられているものとは解し得ない。また原告の主張は各株主はいずれも融資を熱望していることを前提とするものであるがそれは一般大衆は自己の余財の利殖には腐心するが特殊例外的場合を除き融資を望んでいるものではないという我々の生活経験に反している。

(二)  本件株主優待金は右の如く必要経費とは解し得ず、結局会社がその株主に会社資産を無償で譲渡するものであつて会社と出資者との取引は会社の損益に影響を及ぼさないという会計学上の原則からも損金への計上を認めえないものである。本件株主優待金は実質的には株主の払込んだ株式代金の運用によつて得た利益の処分として交付されたものであり、利益の配当である。税法上利益の配当とは必ずしも商法上の配当の概念に拘束されることなく、各人の担税力に応じて政府に納税せしめるという税法の目的に従つて独自の意義を確立すべく、しかるときは、資本の払戻の手続によらずに会社の純資産を減少する方法でその出資者を利する場合は、すべて税法上の配当にあたると解すべきである。実質的経済的にみて、かかる場合は一種の利益配当にほかならず、また、営利法人たる会社の性質からみても、資本の払戻以外において会社がその出資者に支払うものは利益配当以外にありえないからである。本件株主優待金はいわゆる隠れたる利益処分として違法配当の一であり、税法上は会社の損金計算を否認して課税すべき場合である。

(三)  原告がいわゆる株主相互金融の方式を採つたのは、貸金業等の取締に関する法律第七条に抵触せずに事実上一般大衆から広く貸付資金を吸収して貸金業を営むため株式会社組織とし、資金拠出者を株主、その拠出金を株式代金と構成すると共に、他面その結果借入金に対する利息の如き経費支出を要せず貸付による利息収入の大部分を利益として計上しなければならないことになつたので、それに対する課税を免れるため、株主にのみ融資することとして、各株主に融資請求権が発生し、一部株主にその権利を放棄せしめる代償が必要であるから株主優待金は経費であると主張することにより、経理上所得金額を減少しようとする意図だつたのであり、明らかに租税回避行為である。これを損金と認めるならば、およそ会社は商法上の利益配当以外に実質的には利益配当と少しも変りはないものを何らかの名目をつけて株主に支払うことにより自由に課税を免れ得ることとなり不当である。該金員を受取つた株主が雑所得等の名目で税を課せられるからといつて法人が課税を免れる不当が消失するものではない。

(四)  原告主張の優待金に関する国税局長通達は、既存の法律である法人税法第九条第二号の解釈を示したに過ぎず、かつ内部関係のものに過ぎないから本件更正処分の適法性に影響を及ぼすものではない。

第四、(証拠省略)

理由

一  原告がいわゆる株主相互金融の方式により金融をなすことを業とする株式会社であること、被告は昭和二九年五月三一日に原告の昭和二七年六月一日から昭和二八年五月三一日までの事業年度の法人税につき法人税額五三一、八八〇円とする旨の更正処分及び過少申告加算税額二一、一五〇円とする旨の賦課処分をなしたこと、被告は右更正処分にあたつて原告が右年度内に支出した株主優待金七三六、九〇四円を損金と認めず、所得金額に算入したことについては当事者間に争いがなく、結局本件においては法人税額については原告が当該年度中に支出した右株主優待金を法人の事業年度所得計算上損金と認むべきか否かだけが争点であるので、まず右優待金の性格について検討する。

二  原告の業務運営方法が原告主張二(一)の如きものであつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一乃至第四号証、同第五号証の一、二、乙第一及び第二号証並びに証人徳田進の供述を総合すれば、原告はその株式譲受希望者を募集する際、それが株式を取得せしめるものであることを明らかにし、またその譲受人に対して株式代金完済後には株券を交付し株主として取扱つていた事実が認められる。以上争いのない事実及び認定される事実によれば、本件株主優待金は原告がその株主に対してその資格の故に株式数に応じ会社資産を無償で交付したものと認めるのが相当である。原告は本件株主優待金を原告の営業上の必要経費であると主張するが、たとえ原告主張のとおりに原告と各株主間で消費貸借の予約がなされ、各株主は融資を受ける権利を有していると認められるとしてもその権利の授与自体が単に株主であることのみを理由としてなされたものである以上それによつて株主とは別個の地位を生じたものとは解し得ず、また原告のなす融資は利息を徴してなされるものであり、その利息収入が原告会社の利益となるものである以上、単に融資を受けないことが、原告に対し何らかの利益をもたらすとは解し得ず、更にまた株式会社組織を前提とする以上、当事者の経済的意図が如何なるものであつたにしても株主が株主として拠出する金員を預り金と目することは出来ず、これに対する利息ということはありえない。本件株主優待金を必要経費と認むべき理由はなく、結局その支出は原告がその株主に対して株主たる地位の故に株式数に応じその資産を無償で交付するものと解するのほかはない。

三  本件株主優待金の性格が右の如きものである以上、それが商法上適法な利益配当か否か、税法上利益配当と認め得るか否かは別として、実質的には利益の処分として法人税法上法人所得の算出にあたつては損金と認めず課税の対象とすべきものと解するのが相当である。従つて被告のなした本件更正処分は本件株主優待金を所得金額に算入して法人税額を確定したとの点については何らの違法もないこととなる。なお右の判断は法人税法解釈上到達する結論であり、行政官庁の通達如何により影響を受けるものではない。

次に過少申告加算税額の当否の点について判断するに、いわゆる株主相互金融業における株主優待金を法人所得計算上損金とすべきか否かについては税務当局においても昭和二八年三月三日附通達によりこれを配当と解するものとされる迄は取扱いが確定しておらず、これを課税対象としていなかつたことは被告の明らかに争わないところであり、また成立に争いのない甲第六号証によれば、一般的にもこれを損金と解する傾向にあつたものと認められ、右の事実によれば、原告が本件株主優待金を損金に計上しそれに基く税額を確定申告したことについては正当な事由があつたと認めるのが相当である。従つて本件更正処分中、原告が本件株主優待金を損金に計上した結果法人税額を過少に申告した部分について、過少申告加算税を賦課したことは違法というべく、本件更正処分における過少申告加算税中右部分に対応する金額が一五、四五〇円であることは当事者間に争いがないから正当な税額五、七〇〇円を超える右の部分は取消さるべきものである。

四  以上の理由により原告の請求を右の限度で認容しその余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 外池泰治 白石寿美江)

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